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下町の文化に親しむ

下町の文化に親しむ (両国の近隣散策記)

2012年03月26日 記 : ITCクラブ会員 桑原 直幸

国際ロータリークラブ第2580地区のインターアクトクラブの主催により、両国の近隣散策の活動に参加してきました。この活動は、第2580地区の参加高等学校の6校が集まり生徒同士の交流と下町(両国の文化)の文化にふれ、学ぶ事が目的でした。スカイツリーも近所にあり注目されている地域ですが、歴史と情緒溢れる下町に感動しました。

  • 日時
    : 平成24年2月26日 (日) 9:00~12:30
  • 場所
    : 両国の近隣地域
  • 主催
    : 国際ロータリークラブ第2580地区インターアクトクラブ
  • 参加校
    : 日本大学第一中学高等学校、城西大学付属中学高等学校、潤徳女子高等学校
  •  
      北豊島女子中学高等学校、愛国女子中学高等学校、関東第一高等学校
  • 活動内容
    : 両国の近隣の文化にふれる
  • 結果
    : 学んだ事に対する考察と感想を以下に記します

置行堀は、両国が発祥の地でありました。置行堀の話は本所七不思議の一つとして語られていました。ちなみに 本所七不思議とは次の内容でした。
①置行堀 ②送り提灯 ③送り拍子木 ④落葉なき椎 ⑤燈無蕎麦 別名「消えずの行灯」 ⑥足洗邸 ⑦片葉の葦 
⑧狸囃子 別名「馬鹿囃子」 ⑨津軽の太鼓

▲ 置行堀

赤穂浪士の討入りがあった吉良屋敷跡に行きました。現在では、86分の1の小さな公園になっていました。
  忠臣蔵の中では悪役として描かれていましたが、新田の開拓・塩業の発展に尽くし、多くの事業を成功させた人物として町民から慕われていました。

▲ 吉良屋敷跡

此方はビルになっていますが、なんと芥川龍之介の育生の地でありました。出生は中央区になりますが、生後7カ月から19歳までの青春時代を両国の界隈で暮らしていた事に驚きました。

▲ 芥川龍之介の育生の地付近

世界的に有名な葛飾北斎の生誕の地が亀沢1丁目でした。葛飾北斎は、区内を93回も転居したそうです。
  この場所には北斎通りと名付けられた通りがありました。通り沿いの街路灯には、葛飾北斎の作品が飾られ『北斎ギャラリー』となっていました。

▲ 北斎通り

東京都慰霊堂の見学をしました。関東大震災、東京大空襲の犠牲者約16万人の遺骨が安置されていました。
  私達は、復興記念館も見学しました。被災した悲惨さを間の当たりにし、有事の際の行動を考えさせられました。

▲ 東京都慰霊堂

考察

教科書で習った所を見学する事ができた。その場に行くと教科書以上の知識を得る事が出来た。情報を発信する事も大切であるが、情報と実物・現場とを合わせる事が本当に大切であると感じた。情報に惑わされない様に、行動する大切さを忘れない様にしたい。教師として改めて原点に戻る事が出来た。

以上

参加した生徒の感想

増田 盛仁偉

両国はとても情緒が溢れる町でした。ご存知のとおり両国国技館がありました。その日は、第9のコンサートが行われていました。そして鼠小僧次郎吉の墓・勝海舟の生誕の地・小林一茶・長谷川平蔵、遠山金四郎の住居跡など見所が沢山ある町でした。住み慣れた町も調べてみると新たな発見がありました。生まれ育った町の文化を語れたら何処の場所(海外)に行っても困らないと思いました。

以上